大病院指向


 大きな病院なら安心というわけではありませんで、大病院の頂点たる大学病院など卒後間もない研修医から教授(がエライとは限らんが)までおるわけでして、例えば一見の患者が大学病院を受診するとどうなるか。

 初診では通常教授であるとか助教授であるとか、卒後十年以上だとかつまりある程度以上の経験を積んだ医師が診察をします。そして必要と思われる検査を指示し、その日のうちに検査が終わることもあれば予約の上一週間後ということもあります。「癌が疑われる。一部切り取る検査が必要なので来週の外来手術日に」なんてマヌケなこともあります。

 再診では担当医が卒後二年ということもあれば十年ということもあってそれは運次第

 検査等の結果手術が必要、あるいは患者が手術を希望したとしますと入院の順番待ちになります。ベッドが空けば連絡が入るという仕組みです。勿論癌など急を要するケースが優先されます。

 いよいよ入院すると担当医が決まります。これまた運次第ですが主に若い医師が上の医師の監督・指導を受けつつ担当することが多く、簡単な手術症例ではそのまま担当医が執刀します。担当医は失敗を経験しつつ名医に(向かって)育つわけで、医師なら誰しもこの道をたどる。「気の毒な患者さん」にはまことに気の毒ではありますがこればかりはやむを得ません。これを避ける方法は最後に書きましょう。

 ヘボオペレーターにかかった運の悪い患者さんは病巣を取り残されたまま手術を終え、入院中や退院後もしばらくは担当医が診ますがやがて「近所の医院で処置を続けるように」と紹介状を持って例えばウチへなんぞ来たりします。一般に頭頚部の癌は一度再発と認められれば完治は望めません。責任上、執刀医のいる病院が治療を行います。化学療法、放射線療法、運が良ければ再手術、等々。

 完治の望めない末期癌患者はターミナルケアに移行します。ここにも運が付いて回ります。不勉強な、例えば麻薬の使い方さえ知らないような主治医(近年そうでもないようですが「麻薬→依存→増量→余命短縮」と思いこんで麻薬を使わない医師がいました)にかかればこんな不幸はありません。

 耳鼻科・頭頚部領域の末期癌は必ずと言っていいほど頚部のリンパ節に転移しているので頭部から心肺への循環が悪くなって顔がむくみ人前に出られなかったり或いは頸動脈を巻き込んだ場合などいつ破裂・即死となるか分からないため、他の末期癌のように退院して自宅で安らかに、というわけにはいかないのです。ですからやり残した仕事をさせてあげることも「あなたは末期癌で余命半年です」といった告知も難しい。病院で生涯を終えるならせめて苦痛無くとは誰しも考えることですが、麻薬の使い方を知らぬ医師にかかれば苦しんで死ぬ気の毒な最期を待つだけ・・・

 ウチにかかっている患者さんが手術を受けたいのだがなどと言ってくれれば(あ、もちろん命に関わる病気でない場合です)地元に根を張った市井開業医としては綺麗に治っていただきたい一心から最も適当と考えられる病院を判断し、そこの医長に面識などあればなおさら好都合。
 紹介状を受け取った名医はああ、またこのヤブが送ってきよったか、よっしゃ、まかせとけとなるわけです。
 ケースによって手を抜いたり気合を入れたりとかは断じてありませんが医師とて人間、よく知った同業者から紹介を受ければ下手なオペは出来ないと考えるのは心情でありましょう。

 悪性疾患の場合でも、市井の開業医は様々な人脈から「癌なら○○病院」等の情報を持っていますから、それを利用しないのは患者にとっても損というものです。

 議員センセイなんぞをエライ(かどうか分からん)教授が担当するなんてのはよくあることで一般的には不快感を醸し出すかも知れませんが、内情を知っている者には案外オモシロかったりもします。


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