No.037 <六甲>赤子谷左俣溯行


1993.10.09.Sat.快晴

1555 西宝橋(130m)発 早速堰堤がふたつあったので右岸巻道を通り、いよいよ入渓する。渓流シューズを初めて使う緊張の第一歩であった。右足は既に足首まで水の中である!

ハイキングコースが付けられているがわざわざ流れの真ん中を歩く。人通りの少ないせいかクモの巣によくひっかかる。その度に後ろへ飛び下がっては必死で顔に付いた糸をはらう。

1618 赤子滝(185m) うーむ、これは難しそうである。取り付いてみたもののまるで相手にならない。しばらくかかって左岸高巻道を発見する。これを登る途中 50 歳くらいの夫婦連れハイカーと擦れ違った。

PLUTO 「どうやってこの滝を通過しようかと随分悩みましたよ」

オジサン 「いやー、ちゃんと道はありますよ。わたしらはカラサワから来たんですが、ビョウブイワから上は左へ行った方がいいですよ。右はカラサワで鉄塔の下に出ます。今日は水量が多くて難儀しましたわ」

PLUTO 「はあ、そうですか。今日は水の中を歩きに来たのでちょうどいいのですが…」
    (涸沢?屏風岩???ここは穂高か?頭が混乱する)

このおじさんは普通の登山姿でスパッツを付けていた。私の渓流靴が運動靴に見えたのだろう。大荷物担いで夕方からなにをしに来とるんじゃと思ったのであろう。お互い理解し合うことなく、しかし表面的には和やかに別れて行った。

この先左岸にすだれ状の滝が多く美しい。

1631 屏風岩(210m) 本当に屏風岩があった!廊下になっている両岸をまたぐようにして通過する。

1641 (235m) 左支流?右へ。

1650 (260m) 一休み。
1700 発 右支流?左へ進む。

1721 (330m)そろそろ水流が減ってきたので本流より空のポリタンへ 2 リッター詰める。ここへきて荷物が 2 キロ増えるのは辛いものがある。

1729 源流(360m) 水が涸れて涸沢になった。なるほどさっきのおじさんは文字どおりの涸沢と言っていたのだなと納得する。

薮が増えてあたりも急速に暗くなってきた。いつもながら沢源流の急登と薮は難儀である。なんとか明るいうちに縦走路へ出なければと焦り始める。

1745 東六甲縦走路わきの鉄塔(450m) ようやく薮を抜けたらまだ明るい。丹波方面の展望がいい。ほっとして一休み。
1750 発 縦走路に入ったとたんに真っ暗になってしまった。間もなく赤子谷左俣、エデンの園への分岐点を通過する。ということは岩倉山のやや西に出たことになる。

暗闇をヘッドランプを点灯したり消したりしながら歩いているとむこうからやはりランプの光と人声が近付いてくる。擦れ違うとなんと小学低学年生を含む 4 人の親子連れであった。ヘッドランプではなく懐中電灯を手に持っている。塩尾寺付近は急坂なので気をつけないと転ぶよ。

1825 大谷乗越(485m) 車の音が近付いてきたらここと分かる。ほっとする。星が見えている。かなり疲れたがこんな峠道では寝られない。もうひと頑張りせねば。
1835 発 いきなりの急登である。足元に気を取られる。やがて NTT の専用道路に出た。これを横切って直登する道があるはずだがヘッドランプの弱い光ではこれを発見出来ず、やむを得ず舗装道路をとぼとぼと登っていく。暗いし、広い緩斜面をゆっくり登る方が安全だろう。

1908 大平山(680m)着 ふう、やっと着いた。天気も良く風もなく、大きな塔の横でもあり幕営場所を捜すのもしんどいので舗装道路上に天幕を張ることにした。ペグ、銀マットなし。

α五目飯。550 円とやや高いが 780 kCal とカツ丼並の高カロリーである。ほかにキュウリ、みかん、コーヒー。

2020 天幕内へ引っ込む。ようやく冷たい渓流靴から解放された。靴下も脱ぎ手拭でよく足を拭いて新しい靴下に履き替える。気温 18℃。大変暖かい。

寝袋に潜り込んで寝る。時折吹く突風にたびたび起こされる。三泊の予定なので荷物がそれなりに重く、あるいはやや無理な行動だったか熟睡出来ない。明日は退却かなあなどと考えつつ…(過労は不眠を招き、翌日に響く


1993.10.10.Sun.雨

6 時頃目が覚めたが、疲れが残っているだろうとしばらく横になったまま 0800 起床。やはりしんどい。眠りが浅かった。

蜜柑、胡瓜、ジフィーズドライカレー、柿、紅茶で優雅に朝食。

この NTT の専用道路はエアリアマップでは終点が北を向いているが実際にはもう少し回り込んで東を向いている。終点から少し下ると昨夜はまったく分からなかった縦走路入口を見つけた。

0935 発

1000 船坂峠(665m) 平坦だと思っていた東六甲縦走路も大谷乗越から西は結構急斜面があってしんどい。

1030 水無山(800m) 一休み。
1040 発 人通りが多い。左手に宝殿インターが見えてくると自動車道路も近い。

1058 舗装道路に出る(840m)

1104 石の宝殿(860m)

1118 一軒茶屋(885m) 氷イチゴ 380 円。ええオッサンがこんなものを食うのはみっともなかろうが下戸なのでしょうがない。
1130 発 このあたりで記録用のペンを失った。従って詳しい時刻等の記録はできなくなった。

1140 最高峰(930m) 三角点近くに陣取る。まだ腹がへってなかったので横になるが太陽光線がきつくて眠れない。

やがて芦屋あるいは東お多福山登山口あたりから登って来たと思われる高年登山者や一軒茶屋まで車、というようなのがぞくぞくと到着し、全員が判で押したように三角点を踏んで行くのでうるさいことこの上ない。

すぐ近くで中年奥さんハイカーがムカゴメシの自慢をしていたのでむっくり起き上がって「あのう、ムカゴというものを一度見せていただけませんか」とお願いすると気前良くムカゴおにぎりを半個くれたのでありがたく頂戴する。豆ご飯のようなクリご飯のような、しかし紛れもない山芋の味であった。これのおかげで腹が減ってきたので昼食とする。

ジフィーズではないがよく似た「すき焼き丼」というものを食べたがお世辞にもうまいとは言えない。荷物減らしに残った胡瓜 2 本、柿 1 個、蜜柑 1 個を食べたら満腹になった。

それにしてもいくら広いとはいえすごい人数が山頂に集まったものである。自転車を担ぎ上げてラーメンを煮ている奴や例によってアンテナを立てている人もいる。

体調がよくなく、予定していた白石谷下降→湯槽谷峠→高尾山→逢ヶ山幕営、明日シラケ谷遡上の計画を放棄、下山することにした。

1330 下山開始 黒岩谷西尾根を通る。間もなく高年登山者と擦れ違う。こんな所を登る爺さんには脱帽。

隅笹を分けてコブを過ぎ、最初の縄がかかっている場所に差し掛かるころ高校生くらいの兄妹を連れたオヤジを追い越した。
虎縄はかなりへばっており、危なかったがこれがなければ瓦礫上のシリセードになってしまう。妹くんは私が虎縄にぶら下がるのを見て悲鳴をあげていた。「キャー、あんなことせなあかんの?」

相変わらず恐い痩せ尾根である。来る度に道幅が狭くなっていくような気がするが。

大汗をかいて尾根末端まで来て休止。顔を洗う。

住吉谷は車の洪水。あちこちで肉を焼いている。さっきの親子が無事降りてきたのを確認してからバテバテ状態のまま雨ヶ峠、風吹岩、金鳥山経由で阪急岡本まで降りた。今回もまたしんどかった。

1650 着


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