No.066 <久住>久住山敗退


1994.08.12.Fri.嵐

台風 14 号が近づいている。
当初の予定は

12 日 長者原からすがもり越経由、三俣山山頂幕営。ペルセウス座流星群観察。
13 日 坊ガツル経由、平治岳、大船山。大船山避難小屋泊。ペルセウス座流星群観察。
14 日 坊ガツル経由稲星山、中岳、天狗ケ城、久住山、久住避難小屋泊。

 であったがこの天候では無理と考え、せめて久住山だけでもと決行...

1035 長者原(1040m)発 僅かに三俣山の下半身が見えるがあとはガスで山の姿はほとんど見えない。硫黄採掘用の林道を黙々と歩く。硫黄の匂いがする。マップによれば標高 1200m 付近で林道を離れ登山道に入るようになっているがはっきりした分岐がなく、林道に登山道であることを示す標識が立てられている。上がってからわかったが、この道は崩壊しているようである。 突風に体が数メートル後ずさってしまった。なんちゅう風か。
やがて林道から左へ降り、黄色のペンキマークを辿って歩くようになる。傾斜も急になってきた。雨足が強くなり、カッパ着用。視界は 50 メートル程度。
1210(1415m)昼食休止 登るほどに風が強く吹下ろしてくる。
1220 発 この付近のペンキマークは外したからといって大変なことになるわけではないが、なければ何処へ行けばいいのかわからない。明瞭な登山道はない。

1235 すがもり越(1500m) 小屋には営業中の看板が出ているが中へは入らず。ここは三俣山と硫黄山の鞍部になっていて風が収束するのだろう、正面からものすごい風が吹いてくる。突風に今度は体が宙に浮いた。体重 65kg に 18kg の荷物を背負っているから全部で 83kg である。風速はどれほどだろうか。とにかく風の弱いところへ降りなければならない。

50 メートルばかり下ると北千里浜と名付けられた平坦な場所へ出た。まっすぐいけば坊ガツル、右へ曲れば久住である。右へ向う。足元は海岸のような砂地に雨のせいか綺麗な水が流れている。50 メートルに一つくらいの割合で大きなケルンがガスに霞んでいる。植物の群落が珊瑚のように見える。まるで海中遊泳の気分。それ以外の景色はまったく見えない。相変らず風は強く硫黄の臭気がますます鼻をつく。あの世にでも来たような暗い気分である。

まもなく平地は終り登りにかかる。黄色いペンキマークが道を示している。避難小屋へ入って数日沈殿する覚悟が出来ていればなんとかなるだろうが、小屋の様子は知らないし、万が一閉鎖でもされておればこの強風の中、久住登頂どころか下山中に怪我をする可能性もある。この雨と風ではテントを張る気にもなれない。明日になれば台風 14 号は今日よりも近づくので状況はさらに悪化する。

1300 ここまで考えて撤退することに決めた。岩陰で休憩するが、どこへ回っても風が避けられない。この風は一体どこから吹いてくるのか。
1310 発
地図を見て、いましがた登って来たすがもり越のガレ場を強風に煽られながら降下するよりも坊ガツルを経て長者原まで戻る方が安全だろうと考え、来た道を戻り分岐から東へ下る。
1400 法華院温泉山荘 宿泊客はほとんどいない。

風が弱まった。雨が時折降ってくるだけ。坊ガツルキャンプ場にもテントは数張りのみ。この天気じゃなあ。

長者原へ向う途中に三俣山への登山口があるはずだが、それらしい入口は閉鎖されていた。仰ぎ見るとなるほど崩壊が激しい。雨ガ池越を過ぎたあたりで行動食をとる。
1605 長者原着 車の中でシャツ・パンツをはきかえ、さっぱりしてから久住を後にする。テント、シュラフカバー、コンロ、4 日分の食料、3 リットルの水、2kg のカメラ機材等々、すべてお荷物となった。使ったのは雨具と行動食、水筒の水 0.5 リットルばかりだった。また来よう。

 歩行時間 0510
 休憩時間 0020
 合計時間 0530
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