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No.088 <大山><那岐山>

1995.08.12.Sat.快晴

1302 新大阪発 こだま 575 号にて。

1416 岡山着 西出口を出たところでときおり無線機でコールしていると 1335 頃たにけいさんから呼出しがあった。いま駅へ向かっているところであと10 分くらいで着くとのこと。次にすずのこさんからコールあり。現在地を説明しながら待つこと 15 分、ローソンの向かいに停まっているすずのこ号を見つけた。その寸前にたにけい号もロータリーへ入ってきていた。

1345 すずのこ号に乗り込み、たにけい号と交信しつつどんどん北へ向かう。ときおりすずのこさんの観光案内が入る。「あの建物の向こうあたりが浪本さんのお宅で、あっちが我らの隊長・かんこどり氏の家で...」

途中のスーパーで買い物をすることになった。行動食を買うらしい。私は既に用意してあるがセサミサブレというのを買ってみた。結構いける。
米子道へ入ったときはさすがに遠くまで来たものだと我ながら感心する。天気はいいが霞がかっていて山の姿は良く判らない。

烏ヶ山(カラスガセン)を見たときはおや、これはラドンであると思った。「烏が飛び立つ姿」と言われるが、あのいかった両肩はラドンである。密かに一人ラドンヶ山と名づける。すずのこさんはあれはタコだと言っている。
高速道路は大山を南から北西へ巻くように走り溝口 I.C.で降りる。大山寺を目指して高度を上げていく。

1730 大山寺の旅館・大山館に到着。取り敢えず部屋に案内してもらい食事の時刻を待つ。
名物大山そばや刺身など豪華な夕食である。テント泊のα米とインスタント味噌汁とは雲泥の差。

このお盆時期にこの宿を無理言ってとってもらったかんこどりさんからすずのこさんに電話がかかってきた。立山からだそうな。お世話になってます。
144MHz 帯を聞いていると韓国語の交信が聴こえてきた。最後にセンブンティスリーなどと英語が出たのでこれはアマチュア局に違いない。韓国からここまでの距離は?
2230 明日に備えて早々と睡眠の態勢にはいる。たにけいさんが早くも高いびき。


1995.08.13.Sun.晴れのち雷雨

メンバー:すずのこ、たにけい

朝食は弁当を頼んでおき早々に出発する。大山の裾を時計回りにぐるりと回ってまずは下山口の船上山(センジョウサン)登山口へ。ここにすずのこ号を停め、たにけい号に移って一向ヶ平へ向かう。

0815 一向ヶ平スタート 登山届けを出して沢沿いの道を歩き始める。
0845 大山滝 100m × 2 段という大きな滝を見下ろす地点。 しばし鑑賞する。
0855 水場 小さな流れがあったのでここで水筒を満たし、朝の幕の内弁当を食べる。
0920 発 森の道は次第に傾斜を増すが、ペースは快調である。
0955 一休み
1000 発 同じような森の道を進むとやがて小屋が見えてきた。
1035 大休峠(1110m) 立派な避難小屋にノートがあったので全員記帳する。

1100 発 ボチボチ道が険しくなってきた。矢筈ヶ山(ヤハズガセン)への稜線を行く。矢筈ヶ山と小矢筈ヶ山が遠くからは双耳峰のように見える。向こうには確かに西宮の甲山よりは甲らしい格好をした甲ヶ山が見える。半分が岩壁で、遠目にはどこをどう登るのか判らない。

【矢筈ヶ山から見た甲ヶ山(左)と小矢筈(右)】

1150 矢筈ヶ山(1358m) 昼食には少し早いということですぐに出発する。
1210 発 急降下のあと急登。休憩する場所もないほど狭い頂上の小矢筈ヶ山を通過して岩の露出した甲ヶ山(カブトガセン)の登りを行く。岩にはペンキでマークがしてあり脆くもなく快適な登りである。傾斜は階段程度。空腹のせいか疲れ気味である。

1305 甲ヶ山(1340m) 振り返れば矢筈ヶ山からここまでが大きくしなった吊尾根であることが判る。宿で作ってもらった爆弾おにぎりを食べる。すずのこさんからのみそ汁の配給がありがたい。
ゆっくりする予定が、雨が降り出したため切り上げになってしまった。ラジオを調べていたすずのこさんは雷によるバリバリ音を聴きつけて非常に心配そうに先を急ごうとする。遠雷なのであまり気にならないが稜線上でもありこの先しばらく稜線が続くとのことで急遽出発となる。カッパ上のみ着る。汗かきのたにけいさんはカッパ無し。

1330 発 出発する頃から雨が大粒となりズボンはずぶ濡れ。「恐竜の背」上でカッパ下も履くがもう遅い。「恐竜の背」というのは岩稜で雨が横殴りに吹きつける。風下に回り少しでもましな条件下で雨具を着る。

雷鳴を聴きながらやがて道は森の中へ。運動靴は完全に中までびしょ濡れで渓流歩きの気分。
1410 勝田ヶ山 通過。次第に高度を下げ笹が行く手を阻む。

1540 船上神社 ここは後醍醐天皇が隠岐に流されたのち立て篭ったところで、戦で多くの人命が失われた場所である。奈良の大峰は後醍醐天皇が確か没した場所でもありその後の自天王など南朝の悲話が沢山ある。

1550 水場 大きなタンクがあって水が溢れている。
1625 船上山登山口

歩行時間 0625
休憩時間 0145
合計時間 0810

すずのこ号に乗って入山口である一向ヶ平へ向かう。たにけいさんの車を回収し大山館へ長いドライブ。明日のルートを考えすずのこ号を川床にデポしておく案が急浮上した。大山寺から 4Km ほど離れた明日の下山路となる予定の場所である。

宿へ帰り取り敢えず風呂。オーロンのシャツとパンツは昨日に続いて風呂の中で洗濯するつもりだったが、コインランドリーがあったのでこの際雨と土でどろどろになったズボンやら何やら全部洗濯することにした。幸いすべて朝までにはほぼ乾いてしまった。

夕食はジンギスカン。一日の山行終了を祝う。
食事が終わって 3 人してソフトクリームを食べてからたにけいさんを送り出す。これから長距離ドライブご苦労さまです。

さて、びしょ濡れの運動靴には新聞紙を丸めて突っ込んでおく。滅多に飲まないビールのせいか、さっさと寝てしまって洗濯物の取込みとか靴の中の新聞紙交換とか全部すずのこさんにさせてしまう結果になった。まことに申し訳ないことである。


1995.08.14.Mon.晴れのち雨

メンバー:すずのこ

0845 大山館発 最寄りの派出所へ登山届けを出す。
0855 派出所発 石畳の緩い登りを行く。やがて谷沿いの森の道に変わり傾斜がきつくなってくる。遥か上には明るい空が覗く。

0945 下宝珠越 コル状の稜線である。ガスが少し出ていて眺望は余りよくない。
0950 発 稜線を登っていく。いきなり大山北壁が目の前に現れたときは一瞬おおっと思った。

1015 中宝珠越 通過

【名ガイド】

1100 上宝珠越 大山北壁は崩壊が激しく今歩いている稜線も西側がすっぱり切れ落ちたりしていていつ崩れ去るか判らない。
1115 発 ここから先はトラバース気味に左巻き。ユートピア小屋や三鈷峰のケルンが見える。高さ 3m くらいの骨組みだけのピラミッドみたいな建造物があってどこかの山岳会の名前が入っている。積雪期用の道標か?
ユートピアから三鈷峰に至る稜線に出てからまずは三鈷峰へ。痩せた急峻な尾根を木の根っこに掴まりながらよじ登る。ガスのため遠望はないがお花畑が素晴らしい。トンボも多い。

1145 三鈷峰(1516m)広い頂上に大きなケルンがある。
1215 発 同じ道を下り合流点を過ぎたら登り返してユートピア避難小屋へ。ここの前で昼食休止とする。

ガスのせいでやはり眺望はないが大山北壁の断崖と先ほど登ってきたルートがよく見える。

1315 発 少しだけ登り、すぐ急斜面を下り始める。汗が吹き出す。
このあたり、ずっと鋭い稜線が続く。最近インターハイとやらがあったそうで道が整備されており歩きやすい。岩には二ヶ所にハーケンとボルトを見つけた。ザイルを張ってここを高校生たちが利用したのか。安全第一なのだろう。木の枝や株が切られて道が歩きやすくなっているのに対しても複雑な気分である。
1405 本物の親指ピークに到着。

【親指ピーク】

眼下には振子沢か地獄谷か。後ろは切れ落ちていてぼんやりしていると危ない。眺望がダイナミックで空を飛んでいるような気分である。緑の斜面には花が沢山咲いている。時折吹く風が心地よい。ガスの巻き方が複雑である。あまりの快適さについ長居した。

1420 発 この後はほとんど平坦で広い道をのんびり行くようになる。
1440 野田ヶ山(1344m) 森の中。
ゆっくりしていたら雨が降り出した。昨日のように稜線上ではないのでゆっくりとカッパ上下にスパッツまで着けた。
1500 発 のんびり下っていくと見覚えのある小屋が... 昨日も通過した大休峠の小屋である。

1530 大休峠(1110m) 小屋近くにダンロップの青い一人用テントが張ってある。
1605 発 石畳の下り。良く滑ること。転倒しかけること数回。スパッツは無駄なあがきで靴はまたしても中までびしょびしょ。大きなカエルが元気に跳梁する。谷の音が聴こえ始めるとそろそろ今日の行程も終わりである。濁流の上に架かる頼りなげな橋を渡り、川床到着。
1730 川床(710m)

歩行時間 0635
休憩時間 0200
合計時間 0835

すずのこ号で大山館へ戻り風呂。
運動靴に古新聞を丸めて突っ込む。ズボンがさほど汚れていなかったので今日は洗濯はなし。そのままハンガーに吊るす。


1995.08.15.Tue.快晴

メンバー:すずのこ、酒井、石井

初日と同様、朝食は弁当を用意してもらいこれが昨夜のうちにできていたので起きると同時に部屋で食べて出発する。

ウラン鉱山で有名な人形峠を通り、モース山の会のホームグラウンドである那岐山登山口(鳥取県側)に到着。酒井氏と石井氏両夫妻が待っているはずだったが我々の到着が予定よりやや遅れたので酒井氏と石井氏は先に登って行かれた由。到着した我々は両奥方から冷そうめんを振舞われる。

1045 発 西仙ルートに入る。

【心地よい渓流沿いの道】

1210 稜線に出る。避難小屋が新築なっていて、ここで酒井氏と石井氏に出会う。

1215 発 東お多福山にも似た緩やかな稜線を山頂へ向かう。直下に避難小屋がある。
1230 那岐山(1250m) 今日は眺望がよい。

1430 発 酒井氏と石井氏は一足先に下り始めた。我々はピストンでは面白くないとのことで東仙ルートを辿ることに決定する。大きな段差大きな歩幅の階段道をどんどん下る。

1505 着(660m) アイスコーヒーをいただく。まもなく酒井氏と石井氏も到着する。

歩行時間 0215
休憩時間 0205
合計時間 0420

湯の郷温泉・簡保の宿の温泉で汗を流す。410 円。

ご馳走してくださるとのことで、すずのこさん宅へ向かう。

さて、すずのこさん宅に到着すると猫のモースに迎えられた。ところが不憫なことにモースは家へ入れてもらえないのだ。食事中もスリガラスの窓の外でじっと待っていたがとうとう入れて貰えずじまいで可哀想だった。

すずのこさんの奥さんは非常に明るい方で、大山で見せてもらった写真から想像されるとおりであった。奥さんの口からすずのこさんの真実の姿が次第にあからさまとなっていく。山では他のハイカーに積極的に声をかけるすずのこさんが街では実にぶっきらぼうだそうな。

最後にすずのこ無線局を見学しているうちに時間切れとなり、奥さんの運転で岡山駅まで送っていただくことになった。レコードまでいただいた。

本当にお世話になりました。今回の一連の山行は忘れることはないでしょう。


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