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2010年07月06日

関勉先生と「高一時代昭和41年10月号」

 オークションで貴重な本を手に入れました。
 高一時代昭和41年10月特別号です。私がまだ3歳のころです。


高一時代昭和41年10月特別号の表紙

 何が貴重なのかと言うと、関勉先生がまだ35歳のころ、特別手記を寄稿されているんです。タイトルは「わが名は"星の狩人"」。 - 池谷・関彗星の発見者関つとむ - と紹介されています。当時の著書には「関つとむ」と、ひらがな名のペンネームで執筆されていたんですね。
 望遠鏡を使わなくても、肉眼で見られた巨大な彗星(ほうきぼし)の発見者として、多くの雑誌に文を寄稿されたことと思います。そのうちの一つが、いま私の手元にやってきたのです。






 
 読んでみると、やはり文を書くのがうまいですね。35歳のころなのに洗練されています。
 まだまだ世の中に埋まっている関先生関係のお宝があると思うので、見つけ次第手に入れようと思います。

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2010年07月03日

関勉さん、東亜天文学会会長に!!

 「新聞見ました。関先生すごいですね」というメールが携帯に届きました。新聞を購読していない私はなんのことやらさっぱりわからず、「え??新聞?関さん?関さんは何にも言ってなかったですが...」と返信すると、すぐに新聞の記事が送られてきました。
 高知新聞の7月3日朝刊に『コメットハンター関さん(高知市)「東亜天文学会」会長に』という記事でした。
 一週間前に用事があって関さん宅にお邪魔した時には、会長職を引き受けることにしたなんてお話はありませんでした。
 むしろその逆で、かなり前から長谷川一郎会長(軌道計算の権威)から、次の会長にという非常に強い要請が何度もあったにもかかわらず、辞退されていたのです。
 私は、「関さんが会長になることを望んでいる人は大変多いと思います」というような控え目な表現で気持ちを伝えたことはありましたが、いろいろな考えを持つ多くの会員をまとめるのは大変なことも知っていたので、辞退される気持ちも理解できました。

 素晴らしい決断だと思います。

 今後ますます忙しくなりますね。
 すでに県外でのいくつかの講演会が予定されていると聞いています。また9月の総会で正式に会長になるのでしょうから、その時のスピーチもあるようです(内容はバッチリ教えていただきましたが、ヒミツです(笑))。支部などの会合に呼ばれることも多いでしょう。お体を大切にいつまでも若々しく活躍されてほしいと思います。

 それにしても、私はなんとすごい人にかかわっていることか。


高知新聞2010年7月3日より
(記事は著作権を考慮し、ぼかしてあります)

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