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2010年12月19日

昼間の金星観望会に駆けつけました

 12月19日は川之江天文クラブのメンバー5人が、えひめ星空キャラバン隊隊長の竹尾さんと新田公園で合流して子供たちに昼間の金星を見せるのだという案内をもらったので、私も駆けつけました(ゲスト扱いですが)。
 竹尾さんとは初めてお会いしました。
 立て看板と幕は竹尾隊長が作成したものらしいです。夜でも見られる特殊塗料を使っているのだとか。私が到着したときにはすでに下の写真のようにほぼ準備が完了していました。


時間をかけて金星に望遠鏡を向けるメンバー

 金星を見せると言っても、昼間のことですから望遠鏡を合わすための北極星も見えないし、金星だって肉眼ではなかなか見られません。どうやって望遠鏡に金星を導入するのだろうかと見ていたら、方位磁針や地質調査に使うときの計器類で望遠鏡のセッティングを行ってから、ファインダーで金星のある付近を捜しまわって導入していました。なかなか大変そうでした。
 でも、導入に苦労した甲斐があって、観望会は下の写真のような様子で、小学生たちの反応はなかなか良かったです。


望遠鏡で昼間の金星を観望する小学生たち

 望遠鏡は比較的倍率の高いニュートン反射望遠鏡から、双眼鏡のように低倍率のものまで準備されていて、倍率による見え方の違いを楽しむことができました。
 これらの機材はすべてメンバーが所有するもので、諸費用もすべてメンバー負担で行っています。星を見に来てくれた人が感激したり、驚いたり、何かを感じて反応してくれたりすると、開催した方も嬉しくなりますね。本当に小さな集まりではありますが、喜びを共有した子供たちの数は着実に増え続けています。これからも子供たちの好奇心をどんどん刺激し続けてくれることでしょう。

 金星観望会の後は久保さんの仕事場の中にある秘密基地(!)に行って、鍋を突っつきながらの交流会と言う飲み会です。これがまた盛り上がったのですが、また「ひとりごとが長い」と言われるので、この辺でおしまいにします。

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2010年12月11日

村岡健治さんの葬儀に行ってきました

 12月8日に亡くなった村岡健治さん(アマチュア天文家・天体軌道計算者)の葬儀・告別式が11時からありました。
 職場の方、県教育委員会関係の方、地元のアマチュア天文家の方、県外からも東亜天文学会の役員の方々や何人かの天文家が来られました。大豊町長が弔辞を読まれました。弔電は村岡さんが軌道計算の師匠と仰いだ長谷川一郎先生を最初に、国立天文台の先生や県外のアマチュア天文家、何人もの国会議員の方々、その他多くの方からのものが読まれました。
 最後に棺に花を添えましたが、何度経験してもこの時が一番悲しいですね。
 棺が斎場に向かってからしばらくの間、県外から来られた天文関係の方々といろいろお話ができました。
 奥さまから、斎場に来てほしいと言われていたので、しばらくの歓談の後、かなり遅れて、村岡さんの古くからのごく親しい地元の天文仲間(詳細はこちらの記事をご覧ください)といっしょに斎場に向かいました。
 斎場では再び思い出話と、これからのことを話し合いました。
 その後、お骨を拾わせていただきました。
 この天文仲間と次に会うのは来年の5月になる予定ですが、存在感のあった村岡さんのいない淋しい集まりになります。以前、だれかから聞いたことがあります。「亡くなった人が一番望むことは、時々自分のことを思い出してもらうことだ」と。村岡さん、集まるたびに多くの思い出話をしますからね。思わずツッコミを入れたくなるような話ばかりになるかもしれませんが、今はそちらでほほ笑みながら聞いていてください。いずれ私たちがそちらに行ったときに"反省会"をしてください。

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2010年12月10日

村岡健治さんの通夜に行ってきました

 12月8日に亡くなった村岡健治さん(アマチュア天文家・天体軌道計算者)の通夜が、高知市の葬祭会館心月記にて18時からありました。私も定刻にに駆けつけたかったのですが、会社の新規事業が2日後にオープンする案件があって、どうしてもやらなければならない作業があり、仕事が終わったのが20時になってしまいました。
 この時間から駆けつけてもご迷惑かなとしばらく思案していたのですが、知人から、何時になっても迷惑なんてことはないよと言われ、21時過ぎに葬祭会館に駆けつけました。
 ロビーには村岡さんの部屋に飾られていたエジプトの日食ツアーの写真や梶が森天文台に勤務していた頃の写真が飾られており、綺麗にまとめられた写真アルバムも見られるようになっていました。
 急いで安置されているホールに入ると、弔問客はだれもいませんでしたが、親族の方と思われる数人の女性が仮眠室(控室)に入ろうとしていたので、お声がけしようとしたところ、ちょうど奥さまが気づいてくださり、それから30分もの間、村岡さんのご遺体のそばで多くのお話を伺うことができました。
 祭壇にはワインボトルとワインが注がれたグラスがありました。このワインは結婚した年のワインとのことでした。村岡さんは大変なワインの愛好家でもあり、ワインの知識も豊富で、ご自宅にはワインセラーもありました。何年か前(震度5弱の地震の時だったか?)、ご自宅が少し長い時間停電になったことがありましたが、その時に一番気になったのはワインセラーのことだったと言われていました。それほどワインが好きでした。ご家族の記念日になるような年のワインはかならず何本かは購入していたそうです。それらのワインを飲む時のことも考えていたのではないでしょうか。奥さまは、結婚した年のワインを飲もうと村岡さんが考えていたであろうその日のことをお話くださいました。「しかし、もうその日は来ません。だから今日ワインを注ぎました」と......。
 時間に非常に厳格だった村岡さん。通夜にまで遅れてしまってごめんなさい。

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2010年12月09日

天体軌道計算者の村岡健治さんが亡くなりました

 2010年12月8日(水曜日)、アマチュア天文家で軌道計算で多くの実績を残した村岡健治さん(55歳・高知市)が突然亡くなりました。12月8日22時23分にOAA彗星課メーリングリストに投稿した文を掲載します。
--- ここから引用 ---
 19時40分ころ村岡さんの携帯電話から電話がかかってきたのですが、ひどく元気のない奥さまの声だったので、瞬間になにか重大なことが起きたなと身構えたのですが、「今日亡くなりましたので...」と言われて、しばらくはなんのことかわかりませんでした。
 悪い夢を見ているではないかと思いました。
 村岡さんは今日は休暇を取っていたそうで、奥さまが仕事で外出された時は元気だったそうです。息子さんと「今日は何を食べようか」とお話をされていたとのことで、いつもと変わらない朝だったはずです。奥さまは最後の会話もできなかったそうで、あまりにも急なことでした。
 私にとっては、11月27日の芸西天文学習館でアストロ教室「新天体を発見しよう」を一緒に開催したのですが、それが最後の会話になってしまいました。
 12月24日には一緒に芸西のドームの前で共同通信社の写真撮影と取材を受ける予定だったのですが、もう叶いません。
 天文関係では最も親しくして下さった1人だったので、悲しみでいっぱいです。
--- ここまで引用 ---

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